マイクロプラスチックは、私達の身の回りの至る所に存在します。
頸動脈のプラークからもマイクロプラスチックが発見され、このマイクロプラスチックが含まれたプラークは、脳梗塞を発症しやすいというレポートが最近、報告されたばかりです。
今回、私達人間の生殖系にマイクロプラスチックが影響を与えているかも知れないという疑問から、イヌとヒトの精巣でマイクロプラスチックの含有量や組成を調査した結果が報告されています。
この研究は、米ニューメキシコ大学薬学部指導教授のMatthew Campen氏らの研究で、「Toxicological Sciences」5月15日号に掲載されたものです。
ヒトの精巣にはイヌの3倍マイクロプラスチックが多い
47匹の犬の精巣と、死亡時の年齢が16歳から88歳だった男性23人の精巣サンプルを用いています。
熱分解ガスクロマトグラフィー/質量分析計を使い、マイクロプラスチックの量を調べ、比較しています。
今回の研究では、すべての精巣にマイクロプラスチックの存在が明らかになりました。
測定されたマイクロプラスチックの平均含有量は、以下のような結果でした。
マイクロプラスチックの平均含有量 (精巣) |
ヒト・・・・・328.44μg/g |
イヌ・・・・・122.63μg/g |
人間の濃度は犬の約3倍であることが明らかになりました。
ちなみに、
日本人の精巣の平均重量は、以下のようになります。
ヒトの精巣の平均重量(日本人) |
右精巣 : 約15.35g |
左精巣 : 約14.53g |
平均含有量から、マイクロプラスチックがヒトの精巣内(左右合計29.88g)にどの位の量が含まれているのかを単純に計算してみると、
含有量=328.44μg/g×29.88g 含有量=9813.79μg
これをmgに換算すると、

日本人の平均的な精巣(29.88g)の内には9.814mgのマイクロプラスチックが存在することになります。
この量が、人体に一体どのような影響をもたらすことになるのでしょうか。
内分泌撹乱への懸念
精巣内から確認されたということは当然、生殖機能と関連した影響がないか心配されます。
つまり、内分泌撹乱を引き起こすのではないかという懸念です。
内分泌撹乱物質とは、生物個体の内分泌系に変化を起こし、その個体またはその子孫に健康障害を誘発する外因性物質を指します。
しかし、現在までに分かっている範囲ではマイクロプラスチック自体そのものに、内分泌撹乱作用はないと考えられているのです。
ただし、マイクロプラスチックが環境中で吸着した化学物質を運ぶ媒体となることが問題となってきます。
マイクロプラスチックはダイオキシンやPCB(ポリ塩化ビフェニル)などの有害物質を吸着しやすい性質があります。
これらの化学物質が体内に取り込まれると、癌などの発病リスクが高まります。
また、これらの化学物質は、ホルモンの働きを妨げ内分泌系に影響を及ぼすため、発育障害や生殖機能の低下などを引き起こす可能性をもっています。
つまり、マイクロプラスチック自体が直接内分泌撹乱作用を持つわけではないが、マイクロプラスチックが運ぶ化学物質によって内分泌撹乱の影響を及ぼすと考えられているのです。
マイクロプラスチックに含まれた化学物質で、最も多いのはポリエチレン(PE)でした。
また、ポリ塩化ビニル(PVC)やポリエチレンテレフタラート(PET)のような特定のポリマーと精巣重量との間には負の相関が観察されたようです。

これは負の相関を示すグラフです。X軸とY軸に沿ったデータポイントが、Xの値が増加するにつれてYの値が減少することを示しています。
つまり、マイクロプラスチックに含まれた化学物質(ポリ塩化ビニルやポリエチレンテレフタラート)が多くなると、精巣の重量は少なくなり、化学物質(ポリ塩化ビニルやポリエチレンテレフタラート)の量が少なくなると、精巣の重量は増えていたという関係がみられたということです。
これはもし、精巣の機能が精巣の重量に相関があると仮定すれば、化学物質が多く含まれた精巣は機能が低下しているということになります。
ダイオキシンやポリ塩化ビフェニルは、細胞内にある「特定のホルモンと反応する受容体(Ahレセプター)」を介して内分泌撹乱作用を起こし、身体にさまざまな影響が出ることが分かっています。
しかし、マイクロプラスチックに含まれたダイオキシンやポリ塩化ビフェニルが内分泌撹乱を引き起こす具体的な割合や量については、現在のところ明確な基準はまだありません。
マイクロプラスチック自体が人間の健康に影響を及ぼすことが報告されたのは、つい最近になってからのことです。
さらにまた、人体への影響は化学物質の種類や個々の生物の体質、遺伝的背景などにより異なってくると考えられています。
そのため、マイクロプラスチックに含まれるダイオキシンやポリ塩化ビフェニルがどの程度の割合や量で内分泌撹乱を引き起こすかについては、まだ良く分かっていないのが実情です。
マイクロプラスチックの平均含有量から精巣内にどの位の量が含まれているのか計算しても、意味のない計算をやってみただけになりました。
年齢で比較したマイクロプラスチック濃度の違い
今回の研究では、男性が高齢になるほどより多くのマイクロプラスチックが精巣にあるだろうと予想されていました。
しかし、実際は意に反した結果となっています。
マイクロプラスチック濃度を年齢別に比較してみると、男性の最盛期にあたる20歳から45歳までの間は高い値を示し、55歳を過ぎると濃度の低下がみられました。
最盛期にあたる精巣はエネルギーの必要量が多いため、自ずと精巣内へマイクロプラスチックが引き込まれやすくなっていると考えられます。
また、最盛期を過ぎてしまうと、一旦精巣に溜まったマイクロプラスチックを自浄作用により身体から排除することができると考えても良さそうです。
世界人口の推移からみた内分泌撹乱の有無
国連人口基金(UNFPA)の「世界人口白書2023」によると、ここ数年は以下のような動きを示しています。
2020年:約77億人 → 2021年:約78億人 → 2022年:80億人 → 2023年:80億4500万人
そして、今この時点2024年6月中旬で、80億7000万人へと増加傾向にあります。

世界の人口推移予測(国連)|1950年から2100年まで セカイハブより
プラスチックの歴史は1835年にさかのぼりますが、大量生産が始まり私達の周りに溢れるようになってきたのは、ここ60年ほどであるといわれています。
今後、50年先の世界人口は頭打ちになると予想されますが、この世界人口の増加を見る限り、少なくとも現時点までは出生数に対し、化学物質が内分泌撹乱を起こしているとは考えにくいようです。
まとめ
今回の報告では、
1:測定した全ての精巣からマイクロプラスチックがみつかった。
2:ヒトは精巣内のマイクロプラスチック量が3倍、イヌと比べて多かった。
3:マイクロプラスチックに含まれた有害な化学物質と精巣重量との間には負の相関が観察された。
4:年齢別に調べると、最盛期にあたる20歳から45歳までの間は高い値を示し、55歳を過ぎるとマイクロプラスチック濃度の低下がみられた。
ということが分かりましたが、これらの結果からヒトの生殖系にマイクロプラスチックが影響を与えているかも知れないという疑問が解決できた訳ではありません。
マイクロプラスチックに含まれる有害な化学物質(ダイオキシンやポリ塩化ビフェニル)が内分泌撹乱を起こすことは分かっているものの、どの程度の割合や量で内分泌撹乱を引き起こすかについては、まだ分かっていません。
また、実際に世界人口の増加を見る限り、少なくとも現時点までは出生数に対して化学物質が内分泌撹乱を起こし、影響を与えているとは考えにくい動きを示しています。
この報告では研究の目的となる部分の結論は得られませんでしたが、測定された結果から、今後起こり得る可能性について考える材料にはなったといえるでしょう。
おわりに
人間は食物連鎖の頂点にいるため、食品とともに自然と口からマイクロプラスチックとともに有害な化学物質が次第に濃縮され、身体に取り込まれています。

イヌの睾丸よりヒトの方が3倍マイクロプラスチック濃度が多かったという結果は、正に食物連鎖の頂点に君臨している証です。
私達のまわりを取り巻いているプラスチックの数は、10~15年ごとに倍増しているといわれています。
ある報告では、海に漂っているマイクロプラスチックの量は、2030年までに現在の2倍、2060年までには現在の4倍に増えると予測されています。
このような増加により、私達の身体に一体どのような変化をもたらすことになるのでしょうか。
良くない未来を想像することはできても、今すぐこの流れを止めることができない状態にあるといえるでしょう。
宜しければ、この内容に関連した過去の記事もご覧頂ければ幸いです。

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