マイクロナノプラスチック(MNP)が脳梗塞を誘発する – 頸動脈プラークからMNPが検出された

私達の身の回りには、ありとあらゆる所にマイクロナノプラスチックが存在しています。

私達は、知らないうちに呼吸や経口などを介し、マイクロナノプラスチックを身体のなかに取り込んでいると考えられます。

マイクロナノプラスチックはどのように発生し、どのようにして人体に入り、どのような影響を人体に及ぼしているのか。

今回、 「The New England Journal of Medicine」 に掲載された「アテロームおよび心血管イベントにおけるマイクロプラスチックとナノプラスチック」という論文を中心に、気になる人体への影響について考えてみたいと思います。

そもそも、マイクロナノプラスチックMNPとは一体どのようなものなのでしょうか。

マイクロプラスチックナノプラスチックは、主に不適切に処理されたプラスチックごみから発生しています。

1:発生源:

不適切に処理されたプラスチックごみが主な発生源であり、川に不法投棄されたプラスチックは、海まで流され、海洋上を浮遊します。そのまま長時間、太陽光にさらされ、波にもまれながら風化して細かくなり、マイクロナノプラスチックへと変化していきます。

2:サイズでの分類:

マイクロプラスチック(MP)とナノプラスチック(NP)は、大きさで分けられます。

MP: 100nm~5mm

NP: 100nm以下

1µm(マイクロメートル)は100万分の1mで、ナノプラスチックは1µmより小さくnm(ナノメートル)つまり10億分の1mという単位になります。

両者とも環境中に広く存在し、海洋生物や人間に影響を及ぼす可能性がありますが、ナノプラスチックはそのサイズが極めて小さいため、マイクロプラスチックより生物の体内に取り込まれやすいと考えられています。特にナノプラスチックは、粒子径が極めて小さいため食物連鎖の下位に位置するプランクトンに摂取されやすく、そのプランクトンを魚が食べることによって有害物質の濃縮が食物連鎖の過程で起こりやすくなります。また、ナノプラスチックは、細胞膜の隙間をすり抜けて、細胞内に浸入する可能性もあるため、特に注意が必要であるとされます。

また、プラスチックそのものだけの問題ではなく、そのプラスチックに含まれる物質の問題や、表面に付着する物質の影響も考えなくてはなりません。

プラスチックに含まれる物質は、主に2つのカテゴリーに分けられます。

  1. プラスチック自体に含まれる化学物質:

プラスチックの製造過程で使用される化学物質や添加剤が含まれます。これには、紫外線防止剤や酸化防止剤、顔料や可塑剤などがあり、プラスチックの性能を改善するために使用されています。これらの化学物質の中には、人体に有害な影響を与える可能性を持ったものも含まれています。

  1. 吸着した化学汚染物質:

ナノプラスチックの表面には、海水中に存在する有害物質も吸着しています。特に、ナノプラスチックは表面積の占める割合が大きいため、プラスチック重量あたりに対し、有害物質の吸着量は多くなります。例えば、PCB(ポリ塩化ビフェニル)などの難分解性の有害物質が吸着することが知られています。

人体に与える有害性について

実際に、マイクロプラスチックやナノプラスチックが人体内で検出された例は、いくつか報告されています。

1:血液

オランダの研究チームは、健康な成人22人のうち、17人の血液中からプラスチック粒子が検出されたと報告しています。

2:肺

英国の研究チームは、手術中の患者の肺の奥深くからプラスチックを検出したと報告しています。

3:心臓

心臓手術を受けた人の心臓から、マイクロプラスチックが発見されています。

4:糞便

日本人を含む、予備的研究に協力した8人全員の糞便に存在したという報告もあります。

これらの研究結果は、マイクロプラスチックやナノプラスチックが人体内に侵入し、体内に留まるということを示しています。

しかし、これまで具体的な健康被害については確定的な結論は出されておらず、世界保健機関(WHO)は 2019 年の時点で、「現状の検出レベルではマイクロプラスチックが混入した飲料水に健康へのリスクはない」とする報告書を公表しています。

最近、頸動脈から採取されたプラークの成分を分析した結果、マイクロプラスチックが含まれていた症例がみつかり、マイクロプラスチックを含むプラークがあった症例をさらに詳しく調査してみると、持っていない患者と比べ4.5倍も脳梗塞を発生するリスクが高くなっていたという論文が、権威ある医学雑誌 「The New England Journal of Medicine」 に発表されました。

2024年3月、医学誌「The New England Journal of Medicine」に「アテロームおよび心血管イベントにおけるマイクロプラスチックとナノプラスチック」に関する論文が発表されました。

この論文によると、頸動脈プラークにマイクロプラスチックやナノプラスチック(MNP)が検出された患者は、検出されなかった患者と比較して、心血管イベントや死亡リスクが高くなる可能性があるとのことです。

研究チームは、無症候性の頸動脈疾患の治療で手術を受けた患者から摘出したプラークを精査しています。

頸動脈にプラークが沈着し、血管が狭くなると脳卒中のリスクが高まりますが、この研究では、切除された脂肪質(アテローム)を調べ、さらに被験者257人を術後3年近く追跡調査しています。

その結果、頸動脈プラークにマイクロプラスチックが確認された人は、そうでなかった人に比べて、致死的ではない心臓発作や脳卒中の発症、何らかの原因での死亡が4.5倍ほど多いことが判明したということです。

以下にもう少し詳しく内容をご紹介します。

頸動脈のアテローム性動脈硬化症をもった患者304人から摘出した脂肪プラークを分析した。

摘出されたプラークを精査すると、炎症の徴候と一緒に、150人の患者でポリエチレン、31人の患者でポリ塩化ビニルが検出された。

電子顕微鏡による検査では、脂肪沈着物の中にギザギザした異物が発見された。

頸動脈プラークを除去した257人の患者を平均34ヵ月間追跡した結果、プラークにプラスチック粒子があった患者は、プラークにプラスチック汚染がなかった患者に比べ、脳卒中や心臓発作を起こす可能性、あるいは何らかの原因で死亡する可能性が4.5倍高かったという結果であった。

MNP の存在と心血管イベントとの関連性

N Engl J Med 2024; 390:アテロームおよび心血管イベントにおけるマイクロプラスチックとナノプラスチックより

【結果】合計304例の患者が登録され、257例が平均33.7±6.9ヵ月の追跡を完了した(±SD)。

150人の患者(58.4%)の頸動脈プラークからポリエチレンが検出され、その平均レベルはプラーク1mg当たり21.7±24.5μgであった。31人の患者(12.1%)にも測定可能な量のポリ塩化ビニルが検出され、その平均レベルはプラーク1mg当たり5.2±2.4μgであった。

電子顕微鏡検査では、プラークのマクロファージ中に、目に見えるギザギザのエッジをもった異物が存在し、外部破片中に散在していることが明らかになった。

アテローム性プラークの電子顕微鏡分析

N Engl J Med 2024; 390:アテロームおよび心血管イベントにおけるマイクロプラスチックとナノプラスチックより

X線検査では、これらの粒子の一部に塩素が含まれていることが示された。アテローム内にMNP(マイクロナノプラスチック)が検出された患者では、これらの物質が検出されなかった患者よりも一次エンドポイントイベントのリスクが高かった(ハザード比、4.53;95%信頼区間、2.00〜10.27;P<0.001)。

【結論】この研究では、MNP(マイクロナノプラスチック)が検出された頸動脈プラークを有する患者は、MNP(マイクロナノプラスチック)が検出されなかった患者に比べて、追跡34ヵ月後の心筋梗塞、脳卒中、または何らかの原因による死亡の複合リスクが高かった。

掲載された論文をまとめると、以上のようになります。

2021 年に実施された調査では、世界の海の上層部に 24 兆 4000億個のマイクロプラスチックが浮遊しているということです。

これは、500mlのペットボトルおよそ300億本に相当する量だと考えられます。

また、プラスチックは強度や柔軟性を出すため、添加剤などの様々な化学薬品が複雑に組み合わされて作られています。

そしてプラスチックも添加剤など物質も、それぞれ人体に影響を及ぼすであろうと考えられます。

添加剤などの物質は、プラスチックから溶け出すこともあります。

日光にさらされたり時間が経過したりすることにより、最高で88%の添加物が浸出する可能性があるということです。

更にプラスチック製品の製造には、最高で8681種もの化学物質と添加剤が使用されているともいわれています。

マイクロプラスチックから溶け出した成分のなかには、人体へ悪影響をもたらす物質が存在していると分かっていますが、このように複雑な混合物のなかで、どのような組み合わせが問題なのか、どれ程の時間や、どれ程の量にさらされると有害なものになるのかを判断しようとするのは、もはや不可能です。

MNP(マイクロナノプラスチック)は、一体どのような影響を人体に及ぼしているのか明確には分かっていませんでした。

しかし、少なくともこの論文からみると、血管内プラークの中にMNP(マイクロナノプラスチック)が認められ、これが脳梗塞・心筋梗塞のリスクを高めていると判明したことには間違いありません。

今後、MNP(マイクロナノプラスチック)に対して私達が今できる対策は何か考えたとき、次のような結論になります。

人体への取り込みを抑える対策

1:プラスチック製品を製造・廃棄しないようにする

ある研究によれば、海に漂うマイクロプラスチックの量は、2030年までに現在の2倍、2060年までには現在の4倍に増えると予測されています。今でも手に負えない量なのに、これまでより更に増え、もうどうしようもない量となる訳です。

私達の生活には、プラスチック製品は欠かせないものとなっているため、プラスチックに代わるものが必要となります。

2:プラスチックの代替品を利用する

紙素材や木材、バイオマスプラスチックや生分解性プラスチックがこれにあたります。「バイオマスプラスチック」は、石油由来の原料ではなく植物などの再生可能な有機資源(トウモロコシやサトウキビなど)を原料に作られたプラスチック素材であり、「生分解性プラスチック」は、微生物が働きかけることによって水とCO2に分解されるプラスチック素材のことを指します。

人体から積極的に排除する対策

組織内に侵入して定着したものは同仕様もありませんが、血液中に含まれているMNP(マイクロナノプラスチック)は濾過して排除するという方法が残されています。

もし、積極的に身体から排除を考えるとすれば、唯一行なうことができる方法は、血液浄化療法で濾過し、これを取り除くことかも知れません。

例えば、血液浄化療法の二重濾過血漿交換療法などに使用される二次フィルターを例にすると、濾過膜の穴径が比較的粗いデバイスで穴径はおよそ 30nm です。

「The New England Journal of Medicine」 に掲載された論文中の電子顕微鏡写真から判断すると、写真中のスケールが1μm と表示されているので、少なくとも論文中の写真に写っているサイズの物質(およそ 2~5μm)は、二次フィルターで取り除くことができると考えられます( 1µm = 1000nm )。

動脈硬化や脳、心臓などの梗塞になりやすい家系の方、環境不良(水質不良や大気汚染)のなかで生活している方は、必要な頻度など分かりませんが、ある程度の間隔で血液浄化療法を受けることにより、病気の発症を予防できる可能性があるかも知れません。

今回、「 New England Journal of Medicine」に紹介された論文の症例数から考えると母数としてはまだ少ないので、今後さらに症例数を増やす必要性があるだろうと思います。

しかし、頸動脈のプラークから細かなプラスチックが見つかり、細かなプラスチックが発見された患者では、脳梗塞の発症率が高くなっていたという事実は見逃せません。

これまで、人体内でプラスチックの細かな破片がいろいろな臓器でみつかっていた訳ですが、それがもたらす健康への被害は分かっていませんでした。

今回の論文では、梗塞を発症するという人体への影響が示唆されたことになります。

プラークの分析中、空気中のナノプラスチックを拾ってしまったものを見ていたとなれば、これはそもそも論外です。

しかし、権威ある医学雑誌「New England Journal of Medicine」 に掲載されたということは当然、厳しい審査を受けて掲載されたに違いないため、そのような疑いを持つこと自体が野暮かも知れません。

今後も確実に、生活環境中のマイクロプラスチックやナノプラスチックが増えていくことが分かっています。

つまり、知らないうちに私達は日々、身体のなかへ溜め込んでいくことになる訳です。

もしかすると近い将来、肥満や喫煙、ストレスなどと肩を並べ、マイクロナノプラスチックという因子が動脈硬化や脳梗塞を発症するリスクファクターに加わる日が来るのかも知れません。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。