紅麹は、東アジアの伝統的な食品ですが、これを含む機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人に、腎障害などの健康被害が相次いで報告されました。
その原因については、現在も調査が行われている状況で、結論はまだ出ていません。
これまで分かっている情報に基づき、この「紅麹サプリ事件」について考えてみたいと思います。
紅麹とは
紅麹(べにこうじ)は、Monascus(モナスカス)属の糸状菌で、麹菌の一種である紅麹菌により、米などの穀類を発酵させて作られます。
特有の紅色を生み出しますが、この色素は食品の着色だけでなく、健康食品の原料としても利用されています。
中国や台湾、沖縄などでは古くから発酵食品として利用されています。
紅麹には、健康に有効とされる成分が含まれるといわれています。
1:γ-アミノ酪酸(GABA)
– 血圧降下作用がある
2:モナコリンK
– コレステロールの生成を抑える効果がある
などが含まれていると謳われています。
しかし、ご存知のように紅麹を含む機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」を毎日服用していた人に腎機能障害などの健康被害が報告されました。
そして、その原因としてまず候補に挙げられたものが「シトリニン」というカビ毒でした。
候補となった「シトリニン」
シトリニンは、1931年にHetheringtonとRaistrickによってPenicillium citrinumの培養液から単離されたマイコトキシン(カビ毒)の一種です。
穀物やチーズ、日本酒、赤色色素など、人間の食品の生産に使われる様々な菌によって産生されることが分かっています。
紅麹菌の中には「シトリニン」を生成するものがあり、このシトリニンが、尿細管の超微細構造を損傷することで、腎障害を起こす可能性があると考えられています。
しかし、紅麹菌の中にはシトリニンを生成しない菌種もあります。
日本で主に利用される紅麹菌M. pilosusはシトリニンを生成せず、その菌のゲノムにもシトリニン産生遺伝子が存在しないため、比較的安全であるといわれています。
実際に行われた調査でも、小林製薬の紅麹にシトリニンが含まれていないことが証明されているのです。
健康被害の報告を受け、小林製薬が製品の成分分析を行った結果、シトリニンは検出されなかったと発表しています。
しかし一方、「意図しない成分が含まれる可能性が判明した」とも発表されました。
意図しない成分「プベルル酸」
小林製薬は、紅麹原料を使ったサプリメントで健康被害が相次いでいる原因物質について、意図しない成分というのは「プベルル酸」であると厚生労働省に報告しました。
プベルル酸は、ペニシリウム属の青カビが産生する二次代謝物です。
プベルル酸は、抗生物質としての特性を持ち、特定の病原菌に対する抑制作用を発揮します。
抗マラリア薬としての応用が研究されていましたが、動物実験してみると他の薬と比べ少し毒性があったため、マラリアの薬にするには問題があるという理由から開発されなかった経緯があるようです。
しかし、この成分が人体に対してどのような影響を及ぼすのか、その詳細はまだ明らかになっていません。
厚生労働省が「青カビの一種が生成する天然化合物」と説明
小林製薬からの報告を受け、厚生労働省は問題となった小林製薬のサプリから「プベルル酸」という想定外の物質を検出したと発表しました。
同時に、この「プベルル酸」について厚労省は、「青カビの一種が生成する天然化合物」であると説明を行っています。
天然化合物ということは、人為的に作られたものではなく、自然に発生したものということです。
小林製薬は「外部からカビが混入した可能性をゼロではない」と述べています
このため、発酵の過程の最中、プベルル酸を産生するカビが混入したため作られてしてしまったものではないかと想像されます。
「プベルル酸」は強毒性か
厚生労働省は「非常に毒性が強い」としていますが、プベルル酸の毒性が強いという根拠は、北里大学が出した論文を引用しています。
その論文をみると、「マラリアに感染させたマウスにプベルル酸を摂取させた際、5匹中4匹が死んだ」というデータを引き合いにして説明しています。
マラリアに感染させたマウスにプベルル酸以外の他の薬を与えても、薬の投与でマウスが死に至ることがなかったため、他の薬と比べ非常に毒性が強いと表現したのかも知れません。
しかし、毒性の評価にはマラリアに感染させたマウスでの結果ではなく、健全なマウスで調査しなければ判断できません。
マウスが死に至った原因が、プベルル酸によるものとは限らないため、この結果だけでプベルル酸に強い毒性があると断言するのは少し難しいかも知れないと考えられます。
健康被害とプベルル酸の因果関係は現時点でまだ分かっておらず、またプベルル酸が人で腎障害を発症したという事例はこれまで報告されていないようです。
プベルル酸と他の物質との複合反応か
小林製薬によれば、2023年9月以降に生産された製品を摂取した消費者に健康被害が多いと報告しています。
そうなると、非常に短期間で発症し、進行したと考えられます。
プベルル酸を多量に、しかも一気に服用しない限り、急激に進行する病態を起こすとは考えられません。
原因物質として明確に特定できるようなものが分析されていたなら、もう既に公表されているでしょう。
短期間で急激に腎機能障害を引きおこした原因は何か。
これが、成分分析で認められた僅かなプベルル酸だけでは説明ができなかったのだろうと思います。
発酵の過程の最中、プベルル酸を産生するカビが混入し汚染したため、作られてしてしまったものではないかと仮定した場合、さらに話は複雑になります。
プベルル酸を作る菌が、また別の物質を作り出している可能性があるからです。
プベルル酸を作る菌だけでなく、もしかすると他の菌が迷入し、何か別の化学物質を作った可能性も考えられます。
プベルル酸だけの問題ではなく、何か他の物質と組み合わされた場合、起こす反応は更にまた変わってくると思われます。
そうなってくると、ありとあらゆる化学物質との相互反応を探らなくてはならず、原因物質の特定は困難を極めるであろうと思われます。
プベルル酸そのものが腎臓に対し、毒性があるかどうかを調査するため、動物実験による毒性実験が必要になります。
これを判断するために最低、数か月の時間が必要です。
もし、別の化学物質との反応を調べるとすれば、さらに想像できない程の時間が必要になるであろうと考えられます。
健康被害原料生産の時期と大阪工場の閉鎖
小林製薬によれば、2023年9月以降に生産された製品を摂取した消費者に健康被害が多いとされていますが、特定の時期だけの問題かどうかは不明です。
これまでの調査により、大阪工場で2023年4~10月に製造したサプリ用の紅麹の原料に「プベルル酸」が含まれていたようです。
問題となっているサプリ自体は、この原料を使い、岐阜県の別の工場で製造されていたとのことです。
小林製薬は、2023年12月まで大阪市内の工場で原材料となる紅麹を製造していました。
しかし、建物の老朽化などを理由に閉鎖しているのです。
斜に構えた見方をすれば、もしかすると小林製薬は少なくとも2023年12月まで、大阪工場で生産された紅麹からの異常を既に気付いていたのではないかとも想像できます。
人知れず、まるで証拠の隠滅を図るかのように、老朽化を理由に大阪工場を閉鎖したと疑われても決して不思議ではありません。
もし、その時点で気が付いているにも関わらず、公表せずに隠匿しようとしたとなれば社会的な責任は更に重くなると考えます。
しかし、工場を閉鎖するとなると、少なくとも年単位で計画しているはずなので、これは全く的外れで有り得ない話かも知れません。
おわりに – 機能性表示食品の危うさ
機能性表示食品は、事業者が科学的な根拠に基づいて特定の保健の目的が期待できると表示する食品のことをいいます。
機能性表示食品と特定保健用食品(トクホ)は、ともに保健機能食品ですが、国に対する申請手続きや認証方式、また表示が異なります。
特定保健用食品(トクホ)と機能性表示食品は、どちらも健康の維持増進に役立つことを表示できる食品ですが、申請や届出の流れに違いがあります。
消費者庁HP【事業者の方向け】食品関連事業者の皆様からよくある質問より
1:表示の違い
「トクホ」はパッケージに消費者庁許可のマークと「特定保健用食品」と表示されています。一方、機能性表示食品は消費者庁許可のマークはありませんが、パッケージに「機能性表示食品」と表示されています。
これは、良く見かける表示なので、すでに大多数の人が知っていると思います。
2:国の審査の有無
「トクホ」は、メーカーなどの事業者が消費者庁に申請し、消費者庁が審査した結果、表示を許可されたものです。これに対して機能性表示食品は、消費者庁に届けを出しますが、消費者庁は特に審査は行わず、事業者が責任をもって機能性を表示することになります。
3:効果の試験の違い
「トクホ」の審査には、商品を使用した人での試験を実施し、効果をデータなどで科学的に示す必要があります。これに対し機能性表示食品は、研究論文や文献の引用なども根拠として認められます。
機能性表示食品の場合、企業は商品の販売を予定する日の60日前までに国に届け出を行う必要があります。
その際、事業者は科学的な根拠となる情報を国に提出しています。
しかし、科学的な根拠となる情報については、上記のように研究論文や文献の引用だけでも、その根拠として認められるのです。
また、届け出を消費者庁へ提出しますが、消費者庁が審査を行うわけではなく、事業者が責任を持つだけに留まっているのです。
機能性表示食品と表示されているものについて、国がお墨付きを与えているものと勘違いしている人は多分、かなりの人数いらっしゃると思います。
また、大多数の人は、サプリが医薬品と比べ安全であると信じているのではないかと思われます。
今回の小林製薬「紅麹サプリ事件」は、そのようなサプリの安全信仰に警鐘を鳴らす、良い機会ではないでしょうか。
これを機会に、サプリが安全だという迷信を捨て、サプリの危うさを知ることが最も大切なことであろうと考えます。
舘内記念診療所