ハイパーサーミアによる癌への効果について、HSP(ヒートショックプロテイン)に焦点を合わせ、説明してみたいと思います。
HSP(ヒートショックプロテイン)と呼ばれる蛋白質はご存知かと思います。
HSP(熱ショック蛋白質)とは細胞がストレスに曝された時に発現し、細胞を保護する蛋白質で別名、ストレスタンパク質(Stress Protein)とも呼ばれています。
新しく作られた蛋白質に結合し、蛋白質の折り畳みや折り畳みの解除をコントロールする機能(分子シャペロン機能)があります。
HSP(ヒートショックプロテイン)には分子量の違いにより幾つもの種類が存在していますが、HSP70(70キロダルトンのヒートショックプロテイン)と呼ばれている蛋白は、NF-kB(エヌエフカッパービー)の活性化を阻止することが分かっています。1)
NF-κBは、ストレスや紫外線の刺激によって活性化され、免疫反応で重要な役割をもった転写因子の一つです。
炎症反応や細胞増殖、アポトーシスなどの生理現象に関与し、癌ではNF-κBの活性化が認められます。
細胞分裂の際に遺伝子をコピーする因子で、遺伝子の発現を調節する蛋白質なので、NF-κBの活性が高くなると癌は増殖し易くなり、浸潤や転移が起き易くなるのです。
また、癌細胞にあるNF-κBの働きが、抗癌剤の効力が低下する要因の一つではないかとも考えられています。
このことから、ハイパーサーミアによりHSP70が産生され、NF-kBの活性化が抑えられることにより、癌を制圧し易くなると同時に、抗癌剤の効力を維持する働きが期待できます。
もちろん、HSPの関連を考慮しなくとも、化学療法とハイパーサーミアの併用は、抗癌剤の効果を高めるメリットがあります。
体内に投与された抗癌剤の分布だけを考えた場合、ハイパーサーミアで癌の病巣を加温すると、癌の血管網は血流調整が出来ないので中心部にあたる血流は低下しますが、正常な血管が存在する癌の辺縁部では血流量が増えることになります。
周囲部の血流量が増えるということは、投与された抗癌剤が血流に乗り、効率よく癌の病巣周囲に届くことになる訳です。
身体全体の分布から考えてみると、相対的に抗癌剤は癌の周りに集まるため、抗癌剤がより効き易くなります。
また、ハイパーサーミアは免疫機序を介し、癌の治療効果を高めます。
細菌やウィルスなどの外敵が侵入した時や、癌など異常を発生した細胞を排除する身体の免疫機序はよく知られているように、樹状細胞やマクロファージ、B細胞、T細胞、NK細胞等が担当しています。
まず敵を捉え、攻撃目標を教える役割を担っている細胞が、樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞です。
樹状細胞は、ウィルスや細胞を取り込んで分解し、目印となる抗原を免疫担当細胞に伝達します。
癌の場合にも、癌の細胞膜に目印となる抗原があり、樹状細胞は癌細胞を取り込んで癌の抗原を拾い出し、標的となる癌をT細胞に抗原提示します。
T細胞は、ヘルパーT細胞というリンパ球からの刺激でキラーT細胞が活性化し、標的であると認識された癌細胞に攻撃を始めます。
更にまた、これとは別に、常に体内をパトロールし、異常な細胞があれば自動的に直ぐ攻撃する機能をもった、NK(ナチュラルキラー)細胞というリンパ球があります。
しかし、そのような免疫機序が働いているにも関わらず、なぜ癌は身体の中で成長し、命を蝕んで行くのでしょうか。
癌は、先ほど述べたような私達の免疫から逃れる能力を持っているからです。
癌の細胞には、それぞれに特有な癌抗原がMHC-Class1(Major Histocompatibility Complex; 主要組織適合性複合体)と共に癌の細胞膜に存在します。
MHCとは細胞表面にある糖タンパク分子で、細胞内のタンパク質の断片(ペプチド)を細胞表面に提示する働きがあります。
樹状細胞などに貪食された結果できるペプチドのことを、「抗原ペプチド」や「ペプチド抗原」と一般的に呼ばれますが、「抗原ペプチド」がMHCと結合して細胞表面に抗原提示されると、キラーT細胞がこれを認識して癌に攻撃を始めます。
キラーT細胞(細胞傷害性Tリンパ球)は、癌抗原を察知して癌細胞を攻撃しますが、癌抗原が隠れていると攻撃することが出来ません。
癌は、私達の免疫から察知されないよう、癌抗原を隠しているのです。
ここでもまた、ハイパーサーミアは免疫に働きかけ、癌への効果が期待出来ます。
ハイパーサーミアによって体内に作られたHSP(ヒートショックプロテイン)、特にHSP70は、癌抗原とMHC-Class1の複合体を作り、HSP70と癌抗原、およびMHC-Class1の複合体が癌細胞の目印となり、Tリンパ球への抗原提示をより強力に行うことが出来るようになるのです。2)
以上、今回はHSP70に焦点を合わせ、ハイパーサーミアの効果を述べてみました。
1)T.Tanaka,A.Shibazaki,R.Ono&T.Kaisho:Sci.Signal,7,ra119(2014)
2) Ito, A., Shinkai, M., Honda, H., Wakabayashi, T., Yoshida, J., and Kobayashi, T. 2001. Augmentation of MHC class I antigen presentation via heat shock protein expression by hyperthermia. Cancer Immunol. Immunother. 50: 515-522.
舘内記念診療所