夏バテには鰻

今年の夏は暑い。

夏は暑いものと決まっているのに、毎年のように「今年の夏は」と、さも今年に限って暑いかのように嘆くのは何故でしょう。
周囲の同意を確認し共感を得たいためか、または何処にも持って行きようもない暑さへの不満を自分に無理やり納得させるためのものか。
どちらにせよ私達の生活が豊かになると共に環境汚染は進み、地球温暖化の影響で夏は異常に暑くなる。
今やレジ袋の有料化となって、その見返りが目の前に現れました。
レジ袋が無くなれば全ての環境汚染が解決する訳ではありませんが、自然との調和や共存が進んで行かなければ、私達が生きていく場所もなくなることになります。

難しいことをアレコレ考えても、余計に暑苦しいだけです。
取り敢えず、部屋の中にいる時くらいはエアコンの恩恵にあずかり、涼しく過ごしたいもの。
しかし悲しいことに、一歩でも外へ出れば蒸し暑い。
家の内と外へ出入りを繰り返せば、次第に気怠くなり、食欲が落ち、気がつけば、口に入れるものは冷たいものばかり。
また追い打ちをかけるように、身体が更に重くなります。
これが俗に良く言う、「夏バテ」。
「夏バテ」はその呼び方から真夏だけのものと思われがちですが、気温や湿度の変化は真夏だけに限らず、梅雨や初夏にも起こり易いのです。

その原因は、
1:自律神経の乱れによる消化器機能の低下
2:食生活の乱れによる栄養不足
3:軽い熱中症や脱水傾向
などにあります。

「夏バテ」は、もともと「夏負け」と呼ばれていました。
「暑さ負け」と呼ばれることもあるそうですが、現在は「夏バテ」が最もスタンダードです。
電子辞書の医学大辞典で「夏バテ」を検索してみると、「夏負け」へと照会されます。
「夏負け」の解説をみると

夏期の高温多湿のために起きる易疲労,倦怠,食欲低下,体重減少などといった不快な身体症状をいう。

と記述されています。
更にまた、その予防には、

十分な睡眠,休養,食事摂取などが予防によいとされ,土用の丑の日にウナギを食べる習慣もその1つである。

とあります。
医学用語には、「夏バテ」や「夏負け」という病名はありません。
しかし、医学大辞典に「夏負け」の解説が用意され、その予防に土用の丑の日に鰻と記されているではありませんか。

確かに、鰻はビタミン豊富な食材と言えます。
夏バテの疲労回復には欠くことが出来ないビタミンB1、B2、B6が含まれており、特筆すべきは豊富なビタミンAの含有量です。
でも、鰻の旬は秋から冬。
皆さんご存知の通り、
夏場に売れ行きが悪い鰻屋から、何か良い知恵がないかと相談され、「平賀源内」が考案した有名なキャッチコピー。

「本日丑の日」
土用の丑の日うなぎの日
食すれば夏負けすることなし

これが、多大な影響を与えたことは間違いありません。
お気付きのように、このキャッチコピーには「夏負け」となっています。
「夏バテ」は暑さで疲れ果てるという意味合いから生まれた言葉であろうと考えられますが、「夏負け」は夏を人格化・擬人化し、夏に対しての勝敗を表していますね。
矢張り、「夏バテ」の方が誰でも理解しやすい表現だと感じます。

しかし、誰が一体どうして鰻を食べるようになったのか疑問に思うことがあります。
ヌルヌルした黒い蛇のような生き物を最初に食べようとした人は、人並み外れた好奇心を持った人だったのか、はたまた切実な空腹がその行動を決心させたのか。
もし、鰻を生で食べようものなら、腹痛や下痢で苦しみます。

厚生労働省のホームページでは、
ウナギの新鮮な血液を大量に飲んだ場合、下痢、嘔吐、皮膚の発疹、チアノーゼ、無気力症、不整脈、衰弱、感覚異常、麻痺、呼吸困難が引き起こされ、死亡することもあるといわれている。
と記述されています。

鰻の血液に「イクチオヘモトキシン」という毒があるためですが、普通に考えて鰻の血液を大量に飲むという行動はあり得ませんので、呼吸困難を起こして死に至ることは先ずないでしょう。
誤ったとしても、腹痛や下痢止まりです。
しかし非常に稀なケースとして、鰻でアナフィラキシーショックを起こした症例もあるそうです。
これは、「イクチオヘモトキシン」の毒とは関係なく、鰻のコラーゲンがアレルゲンとなった鰻アレルギーだったという症例報告です。
鰻によるアレルギーの報告は非常に少ないそうなので、これも心配するには及ばないでしょう。
「イクチオヘモトキシン」の毒は60.5℃の加熱で、その効力をなくします。
それにしても、最初に加熱して食べようと考えた人は偉いと思う。
危ものには火を通す。
人間が培った経験と対策による行動ですが、鰻に火を通して食べたことにより、偉大な食文化を後世に残したと言っても過言ではないでしょう。

鰻と言えば蒲焼き。
蒲焼きの語源は諸説ありますが、昔は鰻をぶつ切りにして竹串に刺し、それを焼いて食べていたそうです。
見た目が蒲(がま)の穂に似ていたので、「がま焼き」と言われ、それが蒲焼きに変わって行ったという説が最も有力です。
鰻の美味しさは、油の乗った鰻の身にありますが、タレにも美味しさの秘密があると考えられます。
良く言われる「秘伝のタレ」や、「継ぎ足し継ぎ足しの味」はタレに何か特別な秘密を込めたもの?
何処のお店も基本的にタレは醤油や味醂(みりん)、水飴、調味料などで、内容は殆ど変わらないのでしょうが、その店ならではの味は何か特有な配合や隠し味が潜んでいるのかも知れません。
長年に渡り染み込んだ鰻の脂も、タレに旨味を加え、味に厚みを出しているのでしょう。
ご存知のように、和食はユネスコ世界文化遺産として認定されています。
日本に醤油があればこそ生まれた、奇跡とも言える食べ物かも知れません。

鰻の稚魚が少なくなり、次第に庶民の味から遠ざかっていますが、今年の稚魚は大漁という知らせを聞きました。
美味しい鰻を、いつもより少しお安く戴けるかも知れません。
それを楽しみに、今から「夏バテ」しないよう気を付けましょう。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。