糖尿病治療薬メトホルミンは癌に効果があるだろうか 解糖系の作用が免疫細胞に効果をもたらす

メトホルミンは、糖尿病治療薬です。
昔から、2型糖尿病の第一選択薬として広く利用されています。
インスリン抵抗性の改善や肝臓での糖新生の抑制、腸でのグルコース吸収抑制などによって、血糖降下作用を現すのです。
また同時に、昔から癌に対しての効果も知られています。
今回は、メトホルミンが癌へどのような影響を及ぼすかについて述べてみます。

統計調査により、以前からメトホルミンが癌に効果があるのではないかという可能性が考えられてきました。
医学論文データベースから解析を行った研究では、糖尿病と併発した癌の死亡リスクを下げるという結果が出ているようです。
特に、乳癌・大腸癌では30%、卵巣癌では56%、子宮内膜癌では51%の減少がみられるということです。

統計調査の結果を踏まえ、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の研究グループは、マウスで様々な実験を行っています。
まず、正常なマウスへ癌細胞を移植。
癌を発症した状態で、メトホルミンを投与しています。
その結果、癌が縮小したことを確認。
癌に浸潤しているTリンパ球のCD8T細胞を解析したところ、メトホルミンが投与されたマウスでは、数の増加や機能の回復が認められたということです。

次に、癌を発症したマウスにCD8T細胞を移入する実験を行っています。
メトホルミンを添加した癌の培養で、AMPK阻害薬を同時に投与したものと、AMPK阻害薬を加えていないものとを比較しています。
AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)は、細胞の中で生命を維持するために必要な働きを担っている酵素のひとつです。
エネルギーバランスを保つために重要な働きをしており、細胞の中でエネルギーが足りなくなると、その事態を察知してエネルギー生産に関わる酵素を活発にする作用があります。
メトホルミンの作用には、このAMPKと呼ばれる酵素と関わり合いがあるのです。
実験では、AMPKを阻害する薬が投与されたものでは、メトホルミンによる癌の縮小効果は全く認められなかったということです。
つまり、メトホルミンの薬理効果が発揮できるAMPKの存在下、エネルギーバランスに依存した効果が発現したのです。
この場合は無論、解糖系に依存した作用点で効果が出たのだろうということになります。

次に、効果が現れた癌の部分について、免疫細胞の状態がどのようになっているかを調べています。
腫瘍の組織を調べてみると、制御性T細胞が減少し、細胞傷害性T細胞(CTL)の増殖が誘導されていたという結果でした。
このことから、メトホルミンによってエネルギーの供給を糖の解糖系に依存している細胞傷害性T細胞では活性化し、制御性T細胞では脂肪酸に依存した酸化的リン酸化が減少することで代謝バランスが崩れ減少しているのではないかと推測しています。

ここで、簡単に免疫の機序をおさらいしてみます。
実際は、もっと多彩で複雑な機序が入り乱れていますが、成るべく分かり易く単純にすると以下のようになります。
まず、外敵や侵入物などのターゲットが体内に入ると、それを樹状細胞やマクロファージが貪食します。
ターゲットが破壊され後、そのターゲットが持っていたペプチド情報を、CD8と呼ばれるTリンパ球へ抗原提示を行います。
CD8T細胞は、樹状細胞から抗原提示された攻撃のターゲットとなるペプチド情報を受け取った後、CD4と呼ばれるTリンパ球から放出されたIL2というサイトカインによって刺激され、活性化されます。
活性化されたCD8T細胞は、細胞傷害性T細胞へ成長したのち、抗原提示を受けたものと同じペプチドをもった相手に対し、攻撃を開始する訳です。

癌に対しても、同様な機序が働いています。
壊れた癌細胞の一部を樹状細胞が貪食し、CD8T細胞へ抗原提示を行い、細胞傷害性T細胞となって癌へ攻撃を開始します。
しかし、そのような免疫機序が働いているにも関わらず、なぜ癌は身体の中で成長し、命を蝕んで行くのでしょうか。
癌は、免疫から逃れるような能力を持っているからです。

免疫には敵に攻撃するだけでなく、一方では、私達の身体へ過剰な攻撃にならないように、また攻撃を一旦終息させる目的で、抑制性に働く機序が存在します。
癌は、制御性T細胞を周囲から集め、自分に攻撃する免疫反応を、樹状細胞が抗原提示をする起動相(免疫機序が働き出す初めの方の段階)から終息させてしまう術をもっています。
また、攻撃しているTリンパ球に対しても、直接的に効果相(ターゲットに対して攻撃する段階)で鎮めてしまうのです。
そのように抑制する働きをもった免疫チェックポイント分子として代表的なものが、Tリンパ球側のPD-1と腫瘍側のPD-L1や、Tリンパ球側のCTLA-4と樹状細胞側のB7などの免疫チェックポイント分子です。
それぞれが結合することにより、効果相や起動相での機序を経て抑制され、攻撃は終息へ向かいます。
癌は、攻撃を終息するための機序を利用し、免疫からの攻撃を逃れているのです。

メトホルミンが投与された腫瘍内では、制御性T細胞が減少し、細胞傷害性T細胞(CTL)の増殖が認められました。
このことは、癌に対しての攻撃が保たれ、終息へ向かう抑制的な機序は働いていない状態を示しています。
メトホルミンは解糖系での作用により、細胞性免疫の機能を維持すると同時に、癌の免疫逃避に対しても効果があるという結果でした。

糖尿病の治療で昔から使用されている薬なので、その安全性は認められています。
今後、癌での利用が出来るようになるかどうかは、大変興味深いところです。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。