吃逆(しゃっくり)の多彩な原因と様々な対処法

「しゃっくり」は、どなたも経験があると思います。
あの「ヒクッ」という痙攣が続くと辛いですよね。
医学用語では「吃逆(きつぎゃく)」といいます。
吃逆は、自分の意志と関係なくおこすミオクローヌス(myoclonus:筋肉の素早い不随意収縮)の一種です。
胸部と腹部を分けている横隔膜が急速に収縮すると同時に声帯が閉じ、その時に声帯を通過する吸気が狭くなった声帯で乱流を起こし、笛の原理で「ヒクッ」と鳴っているのです。
英語で「hiccup」といいますが、これは特徴的な音から名付けられています。

言葉の語源は「さくり」です。
漢字で「噦」または「噦噎」と書くそうですが、普通は書けませんよね。
「さくり」は、「声を引き入れるような泣き声で泣く」という意味があります。
つまり、泣きながら「ヒクッ」という音を出している様をいいます。
「しゃっくり」は「さくり」が変化したものと考えられますが、声を引き入れた時に出る「ヒクッ」という音を指していることは間違いないようです。

ほとんどの「しゃっくり」は、直ぐに止まります。
2日以内に治るものを良性吃逆発作と呼び、2日以上続くものを持続性吃逆、1ヵ月以上続く場合は、難治性吃逆と呼ばれます。

吃逆の原因は非常に多彩です。
1)中枢性: 脳炎、脳出血、脳腫瘍など
2)中毒性: 糖尿病性昏睡、尿毒症、アルコール中毒、細菌感染など
3)神経性・心因性: ヒステリー、神経衰弱
4)腹部の疾患: 急性腹膜炎、膵臓・胆嚢の炎症、胃の疾患
5)胸部の疾患: 肺・胸膜の疾患、心膜疾患、縦隔洞の疾患
6)刺激性: 横隔膜の疾患、胃拡張、イレウス、鼓腸
7)呼吸の異常停止時: 生理的に、食物の気管内誤飲、驚愕した時など

様々な原因があるため、病気があっても無くても何ら不思議ではありません。
要するに、何かの拍子で起こすということです。

吃逆には、以下のような反射経路があります。

胃の伸展・横隔膜の刺激 → 求心路(横隔神経・迷走神経・交感神経)
→ 中枢神経(延髄・脳幹網様体・横隔膜神経核・視床下部) → 遠心路(横隔神経など) → 声門・呼吸筋

これらの経路のどこかに障害があると発生すると考えられます。
右側の横隔膜に起こりやすく、その生理的な意味は全く分かっていません。

治療の方法は、民間療法を含め沢山あります。
民間療法としては、次のようなものが行われています。
1)飲む側と反対側のコップの縁に口を当てて飲む
2)ワッと驚かせてもらう
3)息こらえ(深い深呼吸後)
4)氷水、グラニュー糖、リキュールの飲用
5)鼻を「コヨリ」で刺激し「クシャミ」を誘発させる
6)「柿のへた」を煮詰めて飲む
7)金属など冷たいものを首筋から背部にあてる
8)紙袋を利用して呼気を再び吸う

上記の1)、2)、3)は良く利用されています。
自身の吃逆にも、ほとんど1)を利用しています。
「柿のへた」は漢方薬として市販薬にもあり、ある程度の効果は期待できるかも知れません。

漢方薬では、以下のような処方が行われるようです。
1) 呉茱萸湯(ゴシュユトウ):頭痛や嘔吐の治療に使われます
2) 半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ):精神的な吐き気、心窩部のつかえなど
3) 調胃承気湯(チョウイジョウキトウ):腹満感、便秘を伴うもの
4) 茯苓飲(ブクリョウイン):吐き気、胸焼けがあるもの
5) 芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ):筋肉の痙攣を伴う痛み

医学的な処置としては次のような手段があります。
1)吸気後の呼吸停止
2)咽頭刺激;
 1.舌圧子による圧迫
 2.綿棒で口蓋垂を横に往復して撫でる
 3.咽頭へのキシロカインスプレー処置
 4.鼻孔から咽頭に向けてチューブを挿入し咽頭部を上下に擦る
3)迷走神経、横隔膜神経に対して;
 1.眼球圧迫
 2.頸動脈洞のマッサージ
 3.横隔膜神経圧迫(胸鎖乳嘴筋の中央外縁を1~2分圧迫)
4)吸入法;
 1.アンモニア、エーテル、からし油などで「クシャミ」を誘発する
 2.炭酸ガスと酸素の混合ガス吸入(炭酸ガスにより呼吸中枢を刺激し横隔膜の運動を調整)
5)胃の膨満を急に収縮させる;
 1.胃洗浄(急性胃拡張、幽門狭窄、空気嚥下症などによる場合は有効)
 2.重曹の服用(胃を膨らませた後、曖気(ゲップ)により収縮することで横隔膜の刺激をとる)
 3.経鼻的に胃にチューブを挿入
6)神経ブロック; 横隔膜神経ブロック(C3~5)や胸髄神経領域の硬膜外ブロック
7)横隔膜神経切除; 最終的な手段として行うこともある

基礎疾患の有無やその状態にもよるかと思いますが、治らない吃逆は何らかの手段が必要になります。
外科的・観血的な手段はさて置き、それ以外の方法で簡単に出来そうなものは試してみる価値があるでしょう。

薬物による治療法としては、次のようなものがあります。
1:クロルプロマジン(商品名:ウインタミン、コントミン)
不安や興奮をしずめる作用が高く、睡眠作用も強い、古くから良く知られている抗精神病薬です。
統合失調症、躁病、神経症などの精神疾患に広く使用されている薬ですが、悪心や嘔吐、吃逆、などにも保険の適応をもっています。
吃逆に対して保険適応がある薬だということになります。
副作用としては、錐体外路症状(指や手足のふるえ、体のこわばり、無表情)、眠気、めまい、頭痛などに注意が必要です。

2:メトクロプラミド(商品名:プリンペラン)
消化管の運動を亢進させ、消化物を腸管へ送り出します。
嘔気や食欲不振、膨満感などの症状を改善します。
胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胆道疾患への適応がありますが、主に吐き気止めとして良く処方されます。
副作用としては、クロルプロマジンと同様に錐体外路症状(ふるえ、こわばり、など)や遅発性ジスキネジアがあります。
高齢者や腎機能障害がある方、長期の大量投与に注意が必要です。

3:バクロフェン(商品名:ギャバロン、リオレサール) 
痙性麻痺など筋肉がこわばる病気や、脳卒中の後遺症の治療に用います。
筋肉を緊張させている神経を鎮静させる作用があります。
適応症としては、脳血管障害、脳性(小児)麻痺、痙性脊髄麻痺、頸部脊椎症、後縦靱帯骨化症、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、外傷後遺症(脊髄損傷、頭部外傷)、術後後遺症(脳・脊髄腫瘍を含む)その他の脳性疾患、その他のミエロパチーなどがあります。
バクロフェンの副作用として比較的多くみられるのは、眠気、吐き気、食欲不振、脱力感、ふらつきなどです。

バクロフェンはGABA作動薬のひとつです。
GABAは抑制性に働く神経伝達物質であり、吃逆を鎮めます。
泥酔すると吃逆が出やすいのは、GABAの働きが弱まっているためではないかと考えられます。
GABAが吃逆を抑制するのであれば、GABA(ガンマーアミノ酪酸)そのものには「ガンマロン」という商品名の薬があります。
古くからある脳代謝改善薬で、頭部外傷後遺症に伴った、頭痛、のぼせ感、耳鳴、記憶障害、睡眠障害、意欲低下などに適応をもった薬です。
GABAの作動薬であるバクロフェンは吃逆への効果が示されているものの、GABAそのものである「ガンマロン」が吃逆に対し効果が現れるかどうかについて明確に示されたものはありませんでした。
これは、体外からGABAを摂取したとしても、それが神経伝達物質としてそのまま利用されることがないからだろうと考えられます。

実際に経験した持続性吃逆の症例をご紹介します。
30年ほど前に起こした交通事故で頭部外傷を起こし、高次脳機能障害を残している患者様です。
ご家族から「ここ数日、しゃっくりが止まらない」と相談されました。
尿路感染症を契機として発症したと考えられます。
拝見すると確かに数秒に1回の割合で吃逆を繰り返しています。
寝ている最中にも吃逆が出ると訴えます。
ご家族はすでに、出来る民間療法はすべて試したそうです。
「カキックス」という市販の漢方薬があり、一度試してもらうようにお願いしました。
一時的な効果は得られましたが、そのまま止まることはありませんでした。
何か処置を行いたいのですが、高次脳機能障害のため感情をコントロールできず、急に怒り始めます。
このため、意識的に息止めをして貰うことは不可能です。
眼球を強く圧迫しようものなら顔を殴られ、二度と診察させて貰えないかも知れません。
本来はクロルプロマジンの投与が第一選択肢なのかも知れませんが、基礎疾患として高次脳機能障害があり高齢者でもあるため、出来るだけ副作用が少なく効果が期待できるものを考え、エペリゾン塩酸塩を試してみることにしました。
服用して頂いた以後、2~3日後には吃逆の頻度が低下し、1週間後には夜間の吃逆は無くなりました。
2週間後、ほとんど吃逆はみられなくなったので服薬は中止とし、以後の再発はありませんでした。
ということで、以下に薬剤を追記しました。

4:エペリゾン塩酸塩(商品名:ミオナール)
筋肉を緊張させている神経を鎮静する作用があります。
また、筋肉の血流を改善し、筋肉の拘縮が緩和します。
適応症は、頸肩腕症候群、肩関節周囲炎、腰痛症などによる筋緊張状態の改善
脳血管障害、痙性脊髄麻痺、頸部脊椎症、術後後遺症(脳・脊髄腫瘍を含む)、外傷後遺症(脊髄損傷、頭部外傷)、筋萎縮性側索硬化症、その他の脳脊髄疾患などよる痙性麻痺です。
副作用として、眠気、ふらつき、脱力感、倦怠感、食欲不振、吐き気などがあります。

今回の症例は、ご病気の背景が良く分かっていた訳ですが、長く続く吃逆が突然起こった方は、原因となっている病気が潜んでいる可能性を考える必要があります。
決して脅かすわけではありませんが、もしかすると命を脅かす病気がないとも限りません。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。