駅のホームで脳震盪 – 人のマネは能力の範囲で

幼い頃、私がまだ小学校へ入る前の出来事です。
当時、鉄道はまだ電車はなく、機関車でした。
どういう訳か分かりませんが、一人で隣町へ行ってみたくなったのです。
その当時、小学生以下の子供に旅客料金はなく、運賃は無料でした。
小さな子供が一人で列車に乗ることはなく、大人と一緒に乗車するのが当たり前。
誰かに言えば、止められるに決まっています。
だから、黙って行くことにしました。
どうして改札口を一人で通過することが出来たのか分かりませんが、実際に隣町まで乗って行き、乗って帰ってきたことは確かです。

事件は帰りの列車で起きました。
駅に到着する間際、停車する前にホームへ飛び降りた青年がいたのです。
今では考えられないことですが、昔は車両の出入り口に扉などなく、完全に開放したままでした。
そのお兄さんはホームへ降りるなり、「トン・トン・トン」と2~3歩ステップするように小走りしながら、改札口の出口に向かって行きました。
真後ろで見ていた私は、とても「格好良い!」と思いました。
そして、無性に真似したくなったのです。
列車もほとんど止まるような速度になったので、これなら行けると思いホームへ「ソレ」と飛び降りました。
次の瞬間、気が付いたら自分の家でした。

止まるような速度といっても、幼い子供には慣性の法則を知るわけもなく、身体を支える筋力もまだ十分に養われていませんでした。
ホームに飛び降りるなり転倒し、脳震盪で意識がなくなったのです。

脳震盪という言葉を日常よく耳にますが、脳震盪について明確には分かっていないようです。
ボクシングでKOされた時のように、意識を失った状態を指します。
回転性や回旋性の外力が頭部に与えられたことにより起こす脳機能障害で、症状は一過性のもので短期間に回復します。
意識消失を伴う場合もあれば、意識喪失を伴わない場合もあるようです。

あまり面白くないかも知れませんが、そのメカニズムについて少しだけご紹介します。
脳の神経細胞は、細胞体とそこから長く伸びた軸索、樹状突起から出来ています。樹状突起は、隣の神経からシナプスを介して神経伝達刺激を受け取る機能を持ち、軸索は、その刺激を更にまた他の神経細胞へ出力しています。

脳に対して強い外力が加わると、脳の組織が急激に引き伸ばされ、軸索を中心として小さなせん断ストレスが掛かります。
そのため、神経細胞内からカリウムイオンが流失し、更にまたグルタミン酸などの興奮性アミノ酸の分泌増加により、神経細胞の脱分極を起こします。
これにより、大脳皮質の拡延性抑制cortical spreading depression:CSD(局所的な外力やカリウムイオンなどの化学刺激が大脳皮質に加えられた場合、イオン平衡が破綻し、脳波を測ると平坦化がみられ、刺激を加えられた場所からゆっくり脳波の平坦化がその周囲に広がって行く現象で、大量のイオン移動と興奮性アミノ酸の放出を伴う現象。この抑制が現れると皮膚刺激や光刺激にも反応がなくなる。)が生じ、意識消失や健忘などの認知機能障害を起こすと考えられています。

コンタクトスポーツと呼ばれるような、ボクシングや柔道、相撲、サッカーやアメフトなどは、頭部に衝撃を与えることが多いため注意が必要です。
特に最近では、低学年でのコンタクトスポーツに対して細かな指導が盛り込まれ注意喚起されるようになりました。
また、交通事故も頭部への衝撃が加わるため、救急搬送された時点で意識が清明でない場合、必ず頭部の画像診断が必要となります。

駅のホームで脳震盪を起こした当時、まだCT検査そのものが世の中に存在していませんでした。
安静にして、そのまま経過を観察するだけです。
最近受けた頭部のMRI検査には、全く異常がみられなかったので、取り敢えずそれで良かったのでしょう。
むしろ、それ以外の選択肢はありませんでした。

目が覚めた時、私の周りに大勢の大人が取り囲み、覗き込んでいました。
「分かる~?」「分かる~?」色んな人から何度も声をかけられます。
すでに意識はハッキリしていましたが、黙って一人で出掛けたことや、まだ停車していない列車から飛び降りたこと。
言い訳がつかないことばかり好き勝手に遣った挙げ句、この始末。
バツが悪いこと極まりない状態でした。
「大丈夫~? 生きてる~?」誰かが呼びかけました。
本当はそっと一人にして欲しかったのですが、集まった大人たちは私から離れようとしません。
黙っていても仕方ないので、「はい、生きてます」と小さな声で答えたことを今でも覚えています。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。