癌と肥満は関連性がある 飢餓の歴史が倹約遺伝子を生んだ

体重計に乗るのは気が引ける、と感じている方は多いかも知れません。
私も、その一人です。
食文化が栄えると共に、肥満は増加してきました。
現代社会においては、肥満が生活習慣病を引き起こす重大な要因となっています。

肥満は、過剰に脂肪組織が増えた状態を示しますが、人間の体重に対して脂肪が占める割合で、男性20%・女性25%を超えると、肥満であると診断されます。
体脂肪率を測定して判断するのですが、肥満かどうかをみるために、BMI(Body Mass Index)で計算し判定するのが一般的な方法です。
体重(kg)÷[身長(m)× 身長(m)]で算出します。
正常値を22とし、25以上を肥満と判定します。
1度の肥満:25≦BMI<30
2度の肥満:30≦BMI<35
3度の肥満:35≦BMI<40
4度の肥満:40≦BMI
と肥満のレベルが分類されています。
これは、世界共通の判定方法です。

肥満になりやすくなった一端として、私達が培ってきた環境への適応能力も関係があります。
凡そ、一万年前に中東で農耕が始まり、急速に世界中へ広がりました。
日本へは、縄文時代に中国から稲作が伝わって来たと考えられています。
農耕文化が始まる前の人々は皆、痩せていたかというと、そういう訳ではなかったようです。
オーストラリアの鉄道工事で、三万年ほど前の地層から、太った体型の石像が出土しています。
これは農耕文明が始まる以前から、すでに肥満が存在していたことを示しているのです。
農耕文化が広まる以前は、その日に得られた僅かな食料で、数日を凌いでいたと考えられます。
そのため、獲得したエネルギーを効率よく利用し、余ったエネルギーは脂肪に代えて蓄える必要がありました。
肥満は、大昔から飢餓に曝されながら受け継いできた歴史にあると言っても過言ではないでしょう。

大昔から続いてきた食料との戦いで、私達は「倹約遺伝子」と呼ばれるものを生み出しました。
この倹約遺伝子は、「β3-アドレナリン受容体遺伝子ミスセンス変異」というもので、日本人の3人に1人がこの「倹約遺伝子」をもっているといわれます。
脂肪を燃焼してエネルギーを作るため、脂肪細胞の表面にβ3-アドレナリン受容体というものが存在します。
β3-アドレナリン受容体は、脂肪を分解して熱を作る機能があるのですが、この受容体の遺伝子が変化すると、エネルギーの生産が落ち、痩せにくくなってしまうのです。
水を飲んでも太るという方がいらっしゃいます。
浮腫んでいる場合は別として、一生懸命ダイエットに努力しても十分な効果が得られない方は、このような「倹約遺伝子」を持っているためかも知れません。

さて、ここから少し肥満と癌の相関について述べてみます。
肥満と生活習慣病についての相関は良く知られていますが、癌との相関についても沢山の報告があります。
例えば、肝臓癌との関連です。
肥満になると、「二次胆汁酸」を作る腸内細菌が繁殖します。
「二次胆汁酸」は血行に乗って肝臓へ運ばれ、肝細胞の炎症を起こします。
この時、「SASP」と呼ばれる現象を起こしますが、これが肝臓癌の発生へ繋がることが分かっているのです。
「SASP」とは、細胞老化関連物質形成という現象です。
老化した細胞のDNA損傷によりNF-κBを活性化させ、炎症性関連遺伝子の発現を亢進します。
こうして起こった炎症反応の亢進により、「SASP」は癌を促す方向へ働きかけると言われているのです。
「SASP」を起こす時、同時にIL-6やPAI-1なども産生されますが、これらの物質は肥満に伴って産生される物質でもあり、肥満によって肝臓癌を起こし易くなる要因は、このような状況が絡んでいるからであろうと考えられています。

肝臓癌だけではありません。
肥満と癌の関連を追求した研究で、一番解明されているのがエストロゲン(卵胞ホルモン)です。
特に乳癌では、エストロゲン受容体発現の有無を病理検査し、ホルモン療法を行う場合の目安となっています。
このエストロゲンは、脂肪組織でも産生されることが分かっています。
脂肪組織で作られたエストロゲンが、エストロゲン受容体が発現している癌細胞の成長を促しているのではないかと考えられているのです。
エストロゲンが強く関与している乳癌だけではなく、食道癌・大腸がんに関しても、肥満による癌のリスクが高いと言われています。
また、New England Journal of Medicineという有名な医学雑誌に掲載された論文で、男性は癌死全体の14%、女性は20%に肥満が影響していると結論付けています。

食料の獲得に苦しんだ人類は、自分の身体にエネルギーを倹約する機能を生み出しました。
時代と共に文明は発達し、少なくとも日本では、食料の不安から開放されています。
しかし、繁栄がもたらした飽食は、飢餓のために獲得した倹約の機能も手伝い、むしろ肥満を生み易くなりました。
更に、飢餓に備えたエネルギーであるはずの脂肪が、心臓血管病や脂肪肝、ひいては様々な癌を生み出す原因だと考えられるようになったのです。
肥満には、命取りになる病気への落とし穴が潜んでいます。
ソクラテスの言葉ではありませんが、我々は食べるために生きるのではなく、生きるために食べるという本質を忘れてはならないと、改めて考えさせられました。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。