ノーモアヒロシマ 緊張の英会話

8月6日は、広島の原爆投下日。
ご存知のように1945年の夏、今から遡ること70年以上前、広島に原爆が投下され、56万人の尊い命が一瞬で失われました。
これからお話することは、実際にあったお話です。
不謹慎だと思われる方がいらっしゃるようであれば、どうかお許し下さい。

日本の敗戦まで、敵国の言葉は教育されることなく、私の義母は横文字が苦手です。
私の子供が小学校低学年のころ、子供達と義父、義母と私夫婦を含め、家族でアメリカ人の英語教師から、英会話を週1回ほど習っていた時期があります。
40歳代後半の、大らかで体格の良い御婦人でした。
日常英会話の初歩の初歩ですが、何しろ遅々として前に進まない。
毎回、いつも同じことを繰り返していたように思います。

ある日、英語の先生が「No more」をテーマにレッスンを始めました。
「No more」を使って、何か会話しなくてはならないのです。
義母の順番になりましたが、考え込んで中々言葉が出てきません。
「う~ん、ノーモア、ノーモア・・・」
暫く沈黙があって後、何を閃いたか急に目を輝かせました。
口から衝いて出た言葉は、
「ノーモア 広島」
満面に笑みを浮かべながら言うのです。
本人は、為て遣ったりという思いでしょう。
もちろん、「No more」で思いつく言葉が、それしかなかったのです。

言われたアメリカ人も、びっくりです。
驚きと困惑の顔を隠せませんでした。
また、暫くの沈黙があり、やおら笑みを浮かべながら、ゆっくり
「Remember Pearl Harbor」
と答えたのです。
どうして良いか分からず、その場はもう笑うしかありませんでした。

決して消すことが出来ない、悲しい歴史があります。
稚拙な英会話レッスンでなければ、相手を攻める遣り取りです。
しかし、長い年月を経て今、互いに辛い過去を言える時代になったのであろうと理解しています。

!このページのコンテンツは全て医学博士 安部英彦・院長 医師 安部公崇の監修に基づいて執筆・制作されております。