痛みは、身体に危険を知らせる重要な防御機能です。
若し、痛みを感じることがなければ、命を落としてしまうかも知れません。
痛みを感じるからこそ、危険を避けることが出来ます。
痛みは生きて行くために必要な情報ではありますが、煩わしく思うことも事実です。
私達は、一体どのようにして痛みを感じているのでしょうか。
組織に損傷や炎症が発生すると、組織や血管からプロスタグランジンやブラジキニンという物質が出てきます。
痛みを発生する原因になるのが、このブラジキニンという物質で、発痛物質と呼ばれています。
ブラジキニン以外にも、セロトニンやヒスタミン、アセチルコリンなど、発痛物質と呼ばれているものは色々あります。
なかでも、ブラジキニンは最も強力な発痛物質です。
ブラジキニンという言葉の由来は、モルモットの腸管をゆっくりと収縮させる作用がみられたことから、ゆっくりを意味するbradyと、収縮を意味するkininとが合体して出来た名前です。
このブラジキニンが、ポリモーダル受容器と呼ばれる感覚器のブラジキニン受容体と結びついて感作します。
ポリモーダル受容器にはヒスタミンやプロスタグランジン、その他にも機械的刺激などを受け取り、感作する沢山の受容体を備えています。
化学的な刺激や物理的な刺激、熱刺激など多様性がある受容器であることから、多様式のという意味でpolymodalと名付けられていますが、どんな刺激に対しても受け取ることが可能な、比較的原始的な感覚器です。
刺激を感作して活動電位が発生すると、求心性神経線維に伝わり上行性に脊髄を経て、脳の視床や島、帯状回、扁桃体などへシグナルが到達し、私達は痛みとして感じています。
痛みの治療には、様々な薬物があります。
大きく分けて分類すると、非ステロイド性消炎鎮痛剤やアセトアミノフェン、神経障害性疼痛治療薬、オピオイド(麻薬)、鎮痛補助薬、ステロイド、麻酔薬などが存在します。
なかでも、痛み止めとして広く利用されている薬は、非ステロイド性消炎鎮痛剤です。
「NSAIDs」と表記され、「エヌセッズ」と呼ばれています。
今回、先程述べたプロスタグランジンやブラジキニンへの作用点から、非ステロイド性消炎鎮痛剤の作用機序について簡単に解説してみます。
組織が損傷を受けると、細胞膜のリン脂質はアラキドン酸に変化し、シクロオキシゲナーゼ(COX)という酵素の作用によりプロスタグランジンが作られます。
ブラジキニンは最も強力な発痛物質なのですが、プロスタグランジンはそのブラジキニンに対し発痛作用を増強させるように働くのです。
良く処方されることが多い非ステロイド性消炎鎮痛剤を挙げると、ロキソニン・ボルタレン・ポンタール・ブルフェン・ハイペン・ニフラン・フルカム等など他にも沢山の薬があります。
一度は実際、お使いになった薬があるのではないかと思います。
非ステロイド性消炎鎮痛剤は、アラキドン酸からプロスタグランジンが作られる際に必要な酵素、シクロオキシゲナーゼ(COX)の作用を阻害し、プロスタグランジン自体が持っている炎症作用や、ブラジキニンの疼痛増強作用を抑えることが作用機序ということになります。
風邪の時によく処方されるカロナール(有効成分はアセトアミノフェン)は、消炎鎮痛剤として非常に広く利用されるお薬です。
アセトアミノフェンは非ステロイド性消炎鎮痛剤と同様に、シクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害するのですが、その作用は弱く、非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)とは別に考えられています。
主に中枢神経でのCOX阻害があるといわれますが、その作用機序は未だ良く解明されていないようです。
非ステロイド性消炎鎮痛剤の効能について、痛みや熱に効果があるだけではなく、癌に対して抑制的に働くことが統計的に分かっています。
特に、大腸では腺腫の発生を抑えるという結果が出ており、昔から数多くの研究が発表されています。
プロスタグランジンの役割には、もともと細胞の分裂や増殖、血管の増殖などに関連した働きがあります。
このため、プロスタグランジンが増え、細胞や血管の増殖が促進されることで異常な分裂も増え、その分だけ癌になり易いのではないかと考えられているのです。
事実、大腸癌の方は、シクロオキシゲナーゼ(COX)が正常の方と比べ、多いことが分かっており、同時にまた、プロスタグランジンも大腸癌の方では増加していることが判明しています。
このことから、非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)の作用により、シクロオキシゲナーゼ(COX)が阻害され、プロスタグランジンの生成が低下することにより、癌の発現が減少するのではないかと考えられているのです。
しかし、どれ位の量を、どれ位の期間、使用すれば目的の効果が得られるか分かりません。
また、非ステロイド性消炎鎮痛剤の副作用による弊害もあります。
胃十二指腸潰瘍などの消化管出血や脳出血など、重大な副作用も起こす可能性があり、服薬を続けることのリスクは常に存在するのです。
一概に、使えば良いというものでもありません。
アメリカのインディアナ大学公衆衛生学部を中心とした調査班が、非ステロイド性消炎鎮痛剤と大腸癌との関連を研究した報告があります。
研究の結果、一定の遺伝子型が関係していたそうです。
ある遺伝子型の人では大腸癌になり難く、癌のリスクが30~40%ほど低下するという結果でした。
しかし、ある遺伝子型では逆に大腸癌になり易く、癌のリスクが190%も上昇するという計算になったそうです。
要するに、人によっては良くもなれば悪くもなる。
癌の予防を目的として、安易に非ステロイド性消炎鎮痛剤を服用するのは、止めておいた方が良いのかも知れません。
舘内記念診療所