食は人を動かす 食べ物一つで怒ったり喜んだり

君がどんなものを食べているかを言って見給え。君がどんな人であるかを言ってみせよう。(サヴァラン)

あるテレビ番組の、オープニングで使用されている格言です。食べ物にまつわる格言は、数多くあります。いずれも意を得たものです。生きて行く上で最も重要な行動なので、食に関して色々な場面を経験します。

私は学生時代、下宿していました。下宿を知らない方もいらっしゃるでしょうが、食事が付いたアパートのようなものです。寮に近いと思いますが、完全に生活を管理されている訳ではありません。近年、下宿は廃れてしまいました。

大家は農家でした。話しやすく開放的な大家ですが、反面、大雑把。食事は、朝夕作って貰えますが、良い加減な内容でした。朝は、具のない味噌汁と味付け海苔、生卵が定番です。いつも同じだから、食べない学生もいます。残ったら、再び翌日登場。味付け海苔は次第に湿気てしまい、ベタベタになります。開けると、海苔と海苔が付いて、糸を引くことも稀にありました。当然、文句が出ます。すると大家は、怯むことなく「少し位大丈夫よ。神経質ね。」と言うのです。具合が悪くなってからでは困ります。自己防衛のため、下宿人は朝出された食品をその日の内に片付ける必要がありました。味付け海苔は、そのまま簡単に食べてしまいます。生卵は茹で卵で食べてみたり、インスタントラーメンのなかに入れてみたり。

ある日、夕食はおでんのみでした。一人前3~4品のおでんが皿に入っていますが、出汁は不味く、味も染みていません。若い学生にとっては、少々カロリー不足。肉や、揚げ物が欲しい年齢です。作る側の好みだけで夕食を出されても、腹を空かせた学生は耐えられません。皆、怒っても無理はないでしょう。遂に腹を立てた者が、大家に怒鳴り込みました。学生数人で決起し、文句を言いに行ったのです。

「こんなもので飯を食えって、どういう積りですか。」「腹が減って帰って来てるのに、こんなんじゃ身体がもたないでしょ。」「酒の肴じゃないんだから、これで飯を食えと言うの。」すると大家は、涙を流しながら、「私もこれで一生懸命遣っているのよ。 身体に良かれと思って遣っているのに、皆で寄って集って何よ。 もう知らない。」と吐き捨てるように言い残し、母屋の扉を閉めました。

「嫌ならもう、皆出ていって。」とは言わず。「もう、こんなところ出て行く。」と言う人も居ませんでした。それなりに皆、居心地が良かったのでしょう。大家の良い加減な性格も、人間味だと思えば納得出来ないこともありません。若しかすると、大家の台本通りに話を切り上げられたのかも知れません。

翌日は、鶏もも肉の丸焼きが、一人に一本づつ夕食に出されました。学生は皆喜んで肉を食べ、大家もそれを見て笑っていました。

食べ物一つで人間、怒ったり喜んだり。単純と言えば単純ですが、「食は人を動かす」とその時、実感しました。

空腹では隣人を愛せない。(W・ウイルソン)食物に対する愛より誠実な愛はない。(バーナード・ショウ)
食の格言には、それぞれ思い当たるものがあります。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て医学博士 安部英彦・院長 医師 安部公崇の監修に基づいて執筆・制作されております。