天井からゴルフクラブ 室内練習はピッチングウェッジまで

忙しい先生もいれば、暇な先生もいます。
特に忙しい先生は、整形外科の部長でした。
毎日、昼になると蕎麦屋が出前を持って来ます。
しかし、蕎麦はラップされたまま、テーブルの上に放置されているのです。
昼休みに、先生が帰って来ることはなく、食べる頃には蕎麦は伸びきった状態。
箸を入れると、蕎麦は一塊となり、宇宙船のように笊から浮き上がるのです。
そば猪口に入れることは出来ません。
別に用意した平たい皿に出汁を移し、一塊となった蕎麦を端から少しずつ出汁に浸し、切り崩す食べ方をするのです。
「先生、どうして何時も蕎麦ばかり頼むんですか?」と伺ったことがあります。
伸びて食べにくい蕎麦より、もっと他の丼とかでも良さそうなものです。
必ず昼には蕎麦と決めているのは、何か理由があるに違いありません。
「どうしてだろうかね・・。 他のものを考えるのが面倒臭いし・・。」
先生は中年の男性でしたが、気の毒なほど痩せていました。
「矢っ張り、毎日伸びた蕎麦じゃあ痩せるのも無理ないわ。」とご自分でも笑っています。 しかし、外来も手術もこなす、元気の良い先生でした。
その先生の、強烈な思い出があります。

唯一の趣味はゴルフです。
暇がある時には、ご自分の医局でパターやピッチの練習をしています。
床に人工芝を置き、セロファンでできた軽いゴルフボールを9番アイアンで「ポン」とゴミ箱の中へ入れるのです。
相当の腕前で、3 メーター離れたところから5個の中4個を入れます。
屋内なので、練習するにしてもアプローチショットが限界です。
ある日、余程コースでスコアが悪かったとみえ、5番アイアンで練習を始めました。
素振りをする度、床に当たり「ゴン、ゴン」と隣の部屋へ鈍い音が響いてきます。

何度か「ゴン、ゴン」と床から伝い響く音が続き、突然、「バギッ」という、全く違う音と同時に、「あちゃー!」という叫び声が聞こえます。
何事かと駆け付けると、あろうことかアイアンが天井から吊り下がっていました。
何と、天井のボードを突き破り、アイアンヘッドが刺さってしまったのです。
クラブをゆっくり外すと、そこには大きな穴が開いていました。
誤魔化して隠せるレベルではありません。
「やっちゃった~」 「これどうします?」
「隠せるかな?」 「一寸、遣ってみますか?」など、
数人が集まって協議の上、コピー用紙をセロハンテープで貼ってみることにしました。

しかし、悪いことは出来ないもので、噂はすぐに広がってしまいます。
間もなく院長の耳にも入ったらしく、3日後には現場検証。
天井の穴を見るなり、「あ~、う~ん・・・」と言い残し、お帰りになりました。

良い大人を叱る訳にもいかず、子供じゃあるまいし、まさか部屋の中でクラブを振り回し、 天井に穴を開けるとは。
院長としては、相当複雑な心境だったでしょう。
教訓としてか否かは分かりませんが、天井の穴は修理されることなく、私が転勤するまで 負の遺産として残されていました。

舘内記念診療所

!このページのコンテンツは全て院長 医学博士 安部英彦の監修に基づいて執筆・制作されております。