外来診療では、些細な症状が心配になって仕方ない患者様が、まれに来院されます。
そのような患者様の症状は多彩で、吐き気や胸やけ胃痛などの消化器症状、動悸や胸痛などの循環器症状、皮膚がチクチクやピリピリするなどの知覚の異常、熱感や発汗、倦怠感、ふらつき、不眠等など様々な訴えがあり、統一性や一貫性は余りみられません。
多彩な症状があるにもかかわらず、病院で調べても特別な器質的疾患が発見されることはなく、そのような症状が6ヶ月以上続いた場合に診断されます。
心気症という病気につい、その原因は良く分かっていませんが、ストレスや過労、または患者様のご家族、知人の病気などを契機として発症することがあります。
軽微な心身の不調から、何か生命に危険が及ぶような重い病気ではないかと強い恐怖や不安を感じてしまうのです。
あらゆる検査を受け、医師から異常がないと診断されてもそれを受け入れることができず、他の病院へ転々と受診することが多いのも特徴です。
疫学的にみて、病気の発症に性差や年齢差はないようです。
病気の位置づけとしては、身体表現性障害というカテゴリーに入ります。
このような病名は、他に器質的疾患が無いことを除外した上で診断されます。
心気症の定義は、重篤な身体疾患があるという頑固な確信やこだわりが半年以上持続し、そのために日常生活が障害され、医学的治療や検査を執拗に求めるもので、身体表現性障害の一つとされています。
抗うつ薬や安定剤の投与が、一般的な治療方法となります。
症状に囚われることなく、何か嬉しいこと楽しいことを計画したり、夢中になることに参加したりして、日々の生活を充実したものにすることが大切であり、患者様にはそのような指導が行われます。
ご自分の症状と付き合いながら、生活していくことが必要です。
治療としては抗うつ薬や抗不安薬などが用いられますが、ご本人が薬に対して不信感を持っていたり、服薬により体調不良を訴えることが良くみられます。
実際に、当院で経験した患者様との遣り取りをご紹介させて頂きます。
「センセ〜、お腹が張って苦し〜」。
何度も同じ訴えで 来院される70代の女性の患者様です。
「お腹は空くの。空くから全部食べちゃう。その後、お薬飲んだらお腹が張って痛いの。」
どうも薬が合わない、と言うことらしいのです。
近くのクリニックで胃カメラを受け、異常なしの診断を頂いたようです。
一応、制酸剤を処方されています。
それを飲むと、お腹が張って痛くなるのだそうです。
何か他の薬はないかと、別のクリニックにも受診。
「そこの先生が、僕も飲んでいるからと良いよって言うので貰って来たんです。」その薬がまた合わない。
「薬を貰ったその日は何となく良いけど、翌日からお腹が張って調子が悪くなってくるの。」だそうです。
これまでいろんな薬をもらったようですが、全て合わないと仰います。
「世の中には、沢山の薬があります。しかし、どの薬も合わないと思いますよ。」
とお話を致しました。
「私も気分だと思う。もともと心気症だから・・。」
昔から精神科へ通院しているようで、精神科から心気症の診断を受けています。
精神科から安定剤を処方され、次第に良くなった経験があるとのお話です。
それなら同じ薬を飲めば良いと思うが、ご本人は薬に頼りたくないという気持ちがとても強いのです。
症状は辛いが、薬は飲みたくない。
この矛盾が、悪化した原因の一つかも知れません。
「今必要なことは、精神科への受診だと思います。」と申し上げると、
「精神科の先生は今、夏休みでいないの。だから先生、何とかして下さい。」
「薬が嫌なら、日常生活の過ごし方を工夫し、自分に合った方法を見つけて下さい。」
そして、お腹のマッサージやストレッチを指導しました。
お具合から察すると、胃や腸のガスが腸を圧迫している可能性も考えられます。
「排便はどうですか。」と伺うと
「便がちょっとずつ何回も出るの。」だそうです。
しかし、お腹を診察しても異常はなく、ガスが溜まった様子もありません。
腸の音も普通で、消化管の動きは良好です。
取り敢えず、マッサージやストレッチをご自宅で実行して貰いました。
すると「ガスが少し出れば、お腹が一寸楽になるみたい。」
それでも「食べるのは食べるけど、食べたら後でお腹がキュッと痛くなる。」そうです。
そしてまた、ある日のこと
「夏休みに、家族が皆で出かけようって言うんです。行った先が山の中だから、もし何かあったら心配で・・。どうしましょう。」と仰しゃいます。
「それは良いことです。気分転換になるので、是非行ってください。」
とお答えしました。
悶々と病気と向き合うより、ご家族皆さんで楽しくお話をして過ごす方が、どれほど精神的に良いか分かりません。
しかし、ご旅行から帰って来ても症状は変わらず。
お腹の症状は、それ以後も繰り返し続きました。
このように心気症の患者様は、症状に対しての心配が強く、医師は忍耐強い対応が要求されることが多いことも事実です。
また、医療機関を転々とする傾向を起こしやすいので、継続した治療が難しくなるのも特徴の一つと言えます。
時間をかけながら、お話に耳を傾け、患者様の症状を受け入れ、病気への恐怖を理解し、その苦しみに共感することが大切だと思います。
舘内記念診療所